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 3月に港区の公務員をやめてから、今までできなかった好きなことをしてすごしていました。その中でいちばん良かったのは、家内と一緒にすごす時間が増えたこと。旅行・コンサートや映画鑑賞・ショッピング(といってもほとんどスーパーですが)・TVやDVDも一緒にみて、話す時間も増えました。
 楽しい時間をすごしたわけですが、8月1日から仕事(児童指導)をすることにしました。
 DVDでは、劇場公開で見逃した作品・単館上映や近くの映画館では上映されなかった作品・過去にみたけれどもう一度という作品になります。
 過去の作品では、「野良猫ロックシリーズ」5本は、今みても面白いし当時がよみがえりました。もちろん、全作品スクリーンではみたのですが・・・
 全5作品で、監督は長谷部安春さんと藤田敏也さん。ストーリー的には、続きものではない(主人公が死んでしまうケースが多い)のですが、作品のにおいは共通しています。
 1作目は、「女番長 野良猫ロック」というタイトルで、この作品だけ「女番長」が先についています。和田アキ子が主演で、梶芽衣子さん・藤竜也さんら(シリーズとおして)が出演しています。和田さんは、2作目までで、2作目は顔見せ程度・・・売れてきて忙しくなったのでしょうか?
 当時のことを思い出すと、1作目は、和田さんを売り出すための映画だったような気がします。バイクはかっこよく乗り回すし、ライブハウスでブルースは歌うし、「すごい!」と思ったものです。また、ゲストで、オックス(GS)やアンドレ・カンドレが出ています。当時はまったく気づかなかったのですが、アンドレ・カンドレさんは、のちに有名になる井上陽水さん。
 たしか、フォーク時代に陽水さんは、売れない頃アンドレ・カンドレの「カンドレ・マンドレ」という歌を歌っていた・・・とある意味「伝説」になっていました。まさか、こんなところでと改めてびっくり!!出演させた周りの人も、見る目(聴く耳かな)があったし、すごい!!
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 60年安保のときは7歳でしたが、世間が騒然としていることはわかりました。TVの「官僚たちの夏」で、当時を的確に表現している言葉がありました。「日本はアメリカの植民地になってしまう!」ということで、アメリカとなるべく対等な関係を築くため、政治家も官僚も懸命だった頃。やっと力をつけてきた日本産業が、貿易自由化の波で大打撃。中小企業の倒産問題や、失業のこと。また、当時は極東の国との緊張関係ということもありました。
 70年安保のときは、17歳。学生運動も盛んでしたが、私には本当に日本の未来を考えた闘争には思えませんでした。過激派も出てきて、「武力闘争」もありましたね。でも、国民の支持を得るまでには至らなかったですね。
 歴史を知ることは、未来を考えることにつながります。結構、状況的に似た時代は必ず訪れますし、世界まで目を広げると、日本であったことが実際に起こっているなんてこともあります。
 自分が生まれて今日まで生きてきたこと・・・人はみな時代の中で生きていますし、時代の中で生かされていると思います。そういった意味では、このところ50年代~70年代のドラマや映画が多いのは、とても嬉しいですね。

 56歳になって、自分の生きてきた時代について、あらためて考えるようになりました。とくに、児童・青年期は激動の時代で、わけのわからないまま、何かを求めて生きてきたような・・・・そんな気がしてなりませんでした。
 「官僚たちの夏」、毎週日曜日に放映していますが、これを観ると少年時代がよみがえります。なぜあの時代、あんなことがあったのだろう?あの時はわからなかったけど・・・本当はどうなの?なんて、今さらながらに考えます。
 東京タワーができると、日本が変わると思っていました。建設中の首都高速道路を歩いて、新橋あたりまで行ったこと。(昔は「工事現場に入っちゃいけない」なんてありませんでした)・・・片道1時間くらい歩くと、帰るのに1時間かかるとちゃんと計算していましたね。でも、弁当を持ってどこまでも歩いていったら『スタンド・バイ・ミー』の世界があったのかも、と思ってしまいます。東京オリンピックもあったし(昭和39年)・・・「オリンピックの夢よもう一度」と理解できるのは、あの時代を生きたからなのでしょうね。たしかに、オリンピックという大儀で、人もまちも一変しました。(今、招致してどうなるかは微妙ですが・・・みんなの心がひとつになれるかどうか)子ども心ながらに、「日本を見てくれ!世界に誇れる国だ!」という、戦後日本の人心が集結したようにも思えました。
 そして、60年安保・70年安保(80年もあったのですが)、学生運動など、当時も今もよくわからないことだらけでした。(学生運動でならした人は、今は皆さん60歳以上で日本の中枢を担っているはずです)まあ、少しずつ、あの時悩んだパズルが解けてきたような気がします。
 

 新公会計制度のことは、3月(市議選告示前)にも書きましたので、重複する部分は触れませんが、要するに市民の皆さんに市の財布(貯金・借金も含め)の中身がどうなっているか、さまざまな角度からわかりやすく情報を提供するものです。
 総務省は22年度からということで、モデルも提示していますが、これは最低限のラインのこと・・・本当に市民が望むものにするためには、自治体の力量が問われる部分です。
 それと、新公会計制度はやはりガバナンス(いろいろな意味で使われる言葉ですが、ここでは『住民監視』)とセットでなければなりません。行政の負担は少ない方がいいのですが、未来への投資(とくに子どものこと)は積極的にするべきです。たとえば、富士見ガーデンビーチですが、夏の期間だけしか使用しないので、かなり維持管理費がかかります。でも、海のない埼玉で夏ぐらい子どもたちや親子で、低料金で思い切り楽しんでほしい・・・私も子どもが小さいときは、よく利用しましたが・・・まあ、赤字を無くすならばやめてしまえばいいわけですが、市民の皆さんはどう判断するでしょうか。
 新公会計制度のもと、事業や施設・設備について、自治体がしっかりとした資料を提示し、住民の意見に従うことが必要ですよね。ムダなものを見つけると・・・結構嬉しいものですよ。
 

 急に固い話しになってすいませんが、私も市議会議員を目指していましたので、硬軟とりまぜて書かせていただきます。もちろん、書きたいことはいっぱいなので、自分自身のこと、家族のこと、フィリピンのことなども・・・カタい話ばかりではあきてしまいますよね!
 公会計というと、ピンとこないかも知れませんが、要するに「おおやけ」の会計(国や自治体の会計)のことです。夕張市の破綻は記憶に新しいですが、現状の公会計は住民・市民にとって、とてもわかりにくいということで、総務省の指導もと、あらゆる支出入を明確化しようというものです。
 3月の富士見市議選のときに、連結決算の重要性を訴えていた候補の方(当選しました)がいましたが、これはとても正しいことです。公会計には、一般会計と特別会計があるので、これをリンクさせ公表しないとメチャクチャなことがまかり通ってしまいます。
 夕張市では、特別会計にお金があるように見せかけ、実際は使っていて毎年雪だるま式に借金が増え、だれもお金を貸してくれなくなったのです!もちろん、使ったのは私利私欲でなく「市のため」ということ・・・だって、市民の皆さんが喜ぶことなら、何でもしてあげたくなりますよね!市の収入が減る中で、市民の皆さんへの投資が増えれば、当然借金になるのです。だから、市長は「優しさ」よりも「厳しさ」がないと、難しいですよね。
 市の公的財産、たとえば公園でも図書館でも学校でもいいのですが・・・純資産は結構な額になりますよね。でも、破綻したとき評価額で買い取ってくれる企業はありません。いわくつきの物件は、いやでしょう?「簡保の宿」がタダ同然で売られちゃうなんて・・・許せませんよね。
 さらに、自治体では、出納整理期間がもうけられているので、夕張市のようにこの期間をうまく利用すると、議員も市民もチェック不能となるわけです。
 私も港区で、新公会計制度をどうするか、「課」の横断的プロジェクトで『検討~実施』を経験しましたので、明日も(たぶん)引き続き書きたいと思います。
 

 パチンコのことを書いているうちに、予定通り衆院解散8月30日投票となりました。麻生首相のもと、解散総選挙というのは、首相を代えて戦うよりずっとスッキリしますよね。日本の未来がかかった選挙、絶対に投票に行きましょうね!現状でよいと思う人、変えたい人、直感で選んでもいいのです。難しく考えず、まず投票行動をしなければ日本は良くなりませんよ!
 といいながら、パチンコの締めくくりですが、漫画家の谷村さんが「パチンコで人生が豊かなものになった」ということばに、賛同!!趣味は楽しく、無理をせず、長く付き合いましょう!
 しかし、今のパチンコはいきなりリーチになるとまず当たらないのに、長いリーチを見せられるのはつらいですね。以前、いきなりスキップボタン搭載(笑点など)で、当たりかはずれかすぐわかる機種がありましたが、あまり人気がなく、今はありませんね。ということは、なんだかんだ言いながら「もしかしたら」と思うのがいいのでしょうね。
 それと、年とともに300分の1、399分の1の台は当たりまで時間がかかることが多いので、遊パチの方が良くなってきました。・・・まあ、がんばっても数箱ですが。
 1円パチンコ・4円パチンコ、ライフスタイルに合わせ、上手に楽しみましょうね。

 1円パチンコを、初めてやってみました。3,000円の投資で、ドル箱13箱!4円パチンコならば大勝ですが、現金に換えてしまったので、11,000円ほどでした。
 1パチの良いところは、投資金額が少なくてすむこと。そして、台移動・出玉共有OKの店なので、のんびりパチンコを楽しむことができます。高齢のご夫婦も仲良く打っていて、2,000~3,000円で結構遊べます。遊パチ(大当たりの確立が100分の1前後の機種)で2~3箱出して、ミドルやハイスペック(大当たり確立が300分の1~399分の1)に移るのもいいですよね。4円パチンコより、人が多いと感じました。
 ただし、1パチはお金に換えようとは思わないこと!換金率は0.5円になってしまうので、1万円勝つのは至難の技です。やはり、生活必需品(結構品揃えがよく、カゴと電卓が用意されています)に交換するのがお得ですね。タバコは、どこの店でも等価交換(最大1カートンなどとなっているところがほとんど)ですし、その他のものでも換金率に換算すれば、コンビに価格で交換できます。といっている間にも、ビールを1箱(24本)交換している人が・・・
 子どもの頃(昔は親と一緒ならば子どもでもOK)親父とパチンコに行ったとき、お菓子や缶詰をとって帰るがとても嬉しかったことを思い出します。パチンコファンで、時間に余裕があり、パチンコを楽しみたいなら、1円パチンコもいいですね。ちなみに、この店では貯玉もあります。
 パチンコ必勝法の続きですが、③保留球がフルになったら打つのをやめる・・・これだけで週1回行く人で年間1万円ほど違います。とくに、だらだらしたリーチのときに打っていると大損です。
 ④電チュー(確変や時短やのときに開くチューリップ)が開くためのチャッカーに、普段から玉が通過しているかチェック!確変や時短やのときにチューリップが開かないと、どんどん玉が減っていきます。みずほ台には、そんな台が結構あります。
 ⑤Vゾーンにスムーズに玉が入ること・・・昔は15発戻しが当たり前でしたが、今は12~13発、遊パチでは10発もあります。Vゾーンに入らず、玉がわきに流れたのでは、出玉は期待できません。
 ⑥勝ち負けの金額設定をして、それを守る・・・パチンコをする人は投資家なので、投資金額を決めておきましょう。ただし、お金に余裕がありメチャ回る台であれば、徹底的に追うこともいいかもしれません。300分の1の確立の台でも、1,000回転のハマリもあります。ただし、機械が抽選を行っているので、パチンコ台が出荷されてから廃棄されるまでのデータでは、初当たりの確立は限りなく300分の1になります。サイコロで、1の目が出る確率は6分の1ですが、100回・1,000回・1万回と多く振れば振るほど6分の1に近い数値になりますよね。・・・暇ならばやってみて!!
 勝っているときの「やめ時」は、パチンカーの永遠のテーマといわれています。勝利の設定金額を決めて、さっとやめましょう。ただし、設定を1箱単位でおこなっていれば、半箱くらい多く出たときは遊びで打つのもいいですね。それがなくなれば終わり、増えればラッキーということです。

 「パチンコは男のロマン」といったのは、さだまさしさん。私も、結構パチンコは好きで、趣味でもあります。学生時代はまだデジタルではなく、チューリップが開くタイプで「大勝」はなかったですね。
 まあ、仕事についてからセブン機が出たので、時間の空いているときに趣味で・・・ということです。それでも、パチンコ歴は40年ほどでしょうか。
 今のパチンコは、結構厳しくてチャッカーに入賞しても3発返しですから、お金も使うようになります。ギンギラパラダイスや綱取物語(初期版)が懐かしいですし、確変突入率50%でも7発返しの時代・出玉も多かった(2,400~2,500発)時のほうが、楽しかったような気もします。・・・今は大当たり1回で、1,500~1,800発ほどで、確変突入率は55~80%ですよね。
 必勝法ですが、基本的にパーフェクトはないので、7割~8割以上勝つため(1ヶ月トータルで勝つため)ということになります。
 ①回転数の低い台では打たない・・・パチンコ誌にもボーダーラインが出ていますが、3円返しの店なら1,000円で20回転以上ないと私は打ちません。釘が読めないので、500円で回らないとわかればすぐ次の台に移ります。ですから、パチンコ店が混む土・日曜日は、移る台がないことが多いのでほとんど行きません。回らないと思えば、新台であっても勇気を持ってやめるべきです。(朝一番で新台をとって回らないとショックが大きいので、私は新台より準新台を選択します)みずほ台では、20回転以上は5台に1台くらいでしょうか。1円パチンコだと、かなりよく回る台も多く1,000円で100回転(単純に4倍すれば80回転がボーダー)以上の台もあります。・・・1パチだと200円で見極めができますね。とりあえず、回転数の低い台は長く打っていれば絶対負けます。回らない台でも、ラッキーパンチで連チャンもあるので、そのときは時短終了後速やかに撤退しましょう。
 ②パチンコ店・台の事前チェック・・・回転の良い台など、まめにチェックすることです。昔の釘師のような人はいなくなったので、毎日釘調整はしていません。次の日にパチンコに行こうと思えば、前日のチェックはした方が勝つ確率は高くなります。
 続くということで・・・・
 

 若大将が大好きで、中学2年生の夏「お嫁においで」など加山さんが歌って超ヒットしていたので、どうしてもウクレレがほしくなりました。新橋で1,000円で売っていることがわかったので、小遣いをため、自転車で買いに行きました。
 ウクレレのコードはギターより簡単で(弦が4本ですから)、加山さんのLP「ハワイの休日」の楽譜を見ながら自己流で弾いていました。ギターでは、Fのコードでつまづくのですが、ウクレレはハ長調の音階で言うソ・ド・ミ・ラ(4弦から1弦で、ド・ミは高い)になっています。ですから、1弦のラの音をドに押さえて弾けば、Cコードになるわけです。
 ということで、「アロハ・レイ」「小さな恋人」など、弾きながら歌っていました。親父には、「牧伸二のようだ」といわれていましたが・・・
 夏といえば、もちろん加山雄三ですが、「夏は涼しいパチンコ!」といっていた人間がいます。1983年にみずほ台で、偶然大学時代の友人とばったり!埼玉の中学の教師をしていたのですが、ごたごたの責任を一人でかぶり(本人談)辞職し、みずほ台からほど近い私立高校の教師になったのでした。そして、家内と結婚するきっかけ作りもしてもらったような・・・
 彼とは、学生時代に麻雀やパチンコ、夜を徹して飲みながら話し合った中です。ということで、私たちの年代は結構パチンコファンが多いのです。
 今日は、みずほ台の1円パチンコに行きました。涼しいのは当たり前、さて結果と分析、そして4円パチンコとの違いは・・・明日ということで(すいません)

 夏になると、どうしても加山雄三の歌を聴きたくなります。子どもが小さい頃は、加山雄三の夏バージョンをテープ編集し、海に向かう車の中で家族で聴きました。海岸線を走る車で聴く、若大将の夏サウンズはどうしてあんなにマッチしたのでしょうか。(子どもたちは飽きてしまっていたかも・・・上の子が中学生になる頃は好みもはっきりしてきたので、30分交代などしましたね)
 若大将挿入歌第2位・・・「SOMEDAY SOMETIME(ニュージーランドの若大将)」です。3拍子の、とてもロマンチックな曲です。あまりにも良い曲だったので、日本語詞をつけて「俺たち」というシングルで発売したほどです。加山さんは、英語のスタンダードナンバーもメチャウマですよね。ワイルドワンズと一緒に行っているコンサートに行ったとき、父娘(たぶん)で来ていた方がいました。娘さんが「『MY WAY』は本当に良かった!」と、お父さんに言っていました。自作の曲でも、英語詞の歌は素晴らしいですね。
 第1位・・・「あの娘(こ)に(南太平洋の若大将)」です。加山さんが映画音楽も担当していたので、全編にこの曲のイントロが使われています。もちろん、ハッピーな感じのシーンです。歌詞もすごい!1番は、「僕はいつからあの娘だけを愛したのだろうか・・・」で始まり「言葉なんか真心までは伝えてくれはしない」でしめています。やはり、加山さん岩谷さんは最強コンビですよね。 

 私の長女はこの7月で24歳、あんなに小さかった子が、あんなにたくさんの思い出をつくりながら、大きくなったものだと思います。
 そして、10年の間に5人の子どもを産んでくれた妻には、感謝感謝です。
 長女がよく言うのですが、「美奈ちゃん(長女の名前)!どうしてそんなに、加山雄三の歌を知ってるの?」と友達に言われるそうです。父が家でも車でも、加山雄三を聞いていたので、自然と覚えてしまったようです。
 それでは第4位・・・「世界のどこかで(ブラボー若大将)」 この曲は、LPのタイトルにもなっています。当時は、シングルで「僕のお嫁さん」という曲・・・すごく良い歌です・・・を出していたのですが、なぜかTV出演の際も「世界のどこかで」を歌っていました。スケールが大きく、人の絆と「人生」をあらためて考えさせられました。
 第3位・・・「走れドンキー(アルプスの若大将)」です。加山さん自身が、コンサートで隠れた名曲というほどです。スキーのシーンには、とってもマッチです。この曲の、インストゥルメンタルバージョン「ランニングドンキー」は、CBSコロンビアというレーベルからLP(エキサイティングサウンズ)で出されていました。その後、ワーナーパイオニアから「愛・青春・その時」とタイトルだけ変え、再発売された名盤です。この曲を聴くたびに、結構アツクなりましたし、中学校時代の応援歌(歌詞を変えて)にも使っていました。
 長くなりましたので、また明日・・・!! 

 今日は、ハリーポッターの最新作公開日だったので、家内と一緒に観に行きました。夏に観る映画なのに、雪の降るシーンで涼しくなるのは若大将と一緒(アルプスの若大将、ニュージーランドの若大将)ということで、かなり強引なタイトルをつけてしまいました。
 今回は、ポッターがあまり活躍するシーンがなく、いつも誰かに助けられているので「スッキリ!」まで今一歩。しかし、シリーズ映画のつくりは上手で、「本当は誰が謎のプリンスか?」「校長は復活するだろう?」などと家内と話をしました。結局、とても気になるので、次回作も観ることになるのです。
 それでは、勝手に選ぶ若大将挿入歌の第7位・・・「ロンリー・ナイト・カミング(リオの若大将)」です。これも、英語でなくカタカナタイトルでした。夜の街で若大将が歌うこの歌は、本当に切なさが伝わってきました。トリビュートアルバムでは、杏里さんがカバーしていましたね。
 第6位は、「島の朝(南太平洋の若大将)」です。高校時代、友達が「この歌はすごくいい!心が洗われる感じで、自分が美しい島にいるような気持ちになる」といっていました。まったく、そのとおりだと思います。
 第5位は「ブライト・ホーン(アルプスの若大将)」です。カラオケにもあるので、時々歌います。冬山での、ロマンティックな恋が加山雄三メロディーにのって、心にぐっと来ます。エレキサウンドも、いいですね。私が中学生のときの曲で、「風に踊る粉雪をけって、君と刻む白い足跡よ・・・」という歌詞もすごい・・・岩谷時子さんは「天才だ!」と思ったものでした。

 急に、「若大将」の話になってすいません。先日、サイモンとガーファンクルについて書いたのですが、そういえば私のバイブルの加山雄三=若大将について、きちんとお話していなかったことがとても気になりました。
 夏といえば、加山雄三。加山雄三が夏を連れてくる・・・夏になるとそう思います。ということで、加山雄三ファンを代表して、若大将と音楽の話です。
 先月から今月にかけ、若大将シリーズ(全18作)をあらためて見直しました。なかには、家内や子どもと一緒に観たりもしました。やっぱ!何度観てもおもしろいし、スッキリします。
 そこで、こんな切り口はいかがでしょうか・・・若大将シリーズの挿入歌(主題歌)で、シングルカットされなかった曲のベストテン!もちろん私が勝手に選ぶので、異論は聞きません。17cm・30cmLPレコードに収録され、自身の作曲で若大将に使われた歌。ただし、「歌う若大将」はライブ映画なので、除かせていただきます。それと、TPOによって好きな曲が微妙に変化するので、あくまで「今」ということで、ご理解いただきたいと思います。
 それでは、第10位・・・加山雄三とランチャーズの歌ということで、「アイ・フィール・ソー・ファイン(レッツゴー若大将)」「Cool Cool Night(GO GO 若大将)」「シェリー(リオの若大将)」「人知れず(ニュージーランドの若大将)」です。4曲まとめてで、すいません。時代にもよりますが、英語表記だったり、カタカナ表記だったりするのは面白いですね。(当時のアルバムから、タイトルはオリジナル表記です)やっぱ、ランチャーズと一緒に歌う曲は、とてもいいしやりたいことがわかります。年とともに、アレンジやコーラスも変化しますね。加山雄三といえばモズライトのエレキギターが代名詞ですが、ロックの曲ではリッケンバッカーも使ってましたね。
 第9位・・・冬山の歌ということで「モンテ・ローザ(アルプスの若大将)」「氷河の上を(ニュージーランドの若大将)」の2曲。モンテ・ローザは、半音ずつ上がり下がりするコードがかっこよかった!氷河の上をは、ニュージーランドの若大将のラストで、酒井和歌子さんと若大将が氷河を滑走する姿と歌に、未来への夢と希望を抱きました。 
 第8位・・・ここから1曲ずつになります。「恋のコンパス(ブラボー若大将)」です。いきなり、この歌から映画がスタートしちゃう!正月映画(東宝の第2弾だったような)で、三船敏郎さんの「新撰組」の2本立てでしたね。冬なのに、グアムの海で泳ぐ若大将・青大将・節ちゃん・・・「いつか絶対行くぞ!」と思いました。岩谷時子さんの、「おいで、さあ太陽きえぬ間に・・・」から始まる詩も、すごく愛する人に対する思いがあふれていました。
 そういえば、ワイルドワンズの加瀬邦彦さんの話です・・・「想い出の渚」の歌詞(作詞はワイルドワンズ)で、「君を見つけた・・・」と始まりますが、岩谷さんに女性を「物のようにあつかっている」と怒られたこと・・・ずいぶん懲りたみたいです。
 たとえば、」詩をかくときに「君と僕」とするか「僕と君」とするか、本当に心から愛しいと思っているのと頭で考えただけでは、すごーく差が出ますよね。
 「若大将」のことはついついアツクなるので、また明日です!!
 
 
 

 昨日は、東京都議会議員選挙がありました。私は東京生まれで、ついこの間まで港区で働いていたので、選挙結果がとても気になりTVに釘付け状態でした。
 結果は、マスコミ等の予想通り。原因についても、有権者の声をもとに分析していたので、私もそのとおりだと思います。 
 しかし、TVを観ていていつも思うのですが、質問を受ける各党の代表はどうしてストレートに答えず、回りくどい言い方をするのか・・・「時間がないので、端的に!」といわれても、話が長すぎる!とくに、選挙結果が悪かった党は、くどい感じですね。
 それから、石原都政をどうするのかという話はほとんどなく、国政とのリンク(仕方ないと思いますが・・・)が主になっていましたね。銀行や東京オリンピック、都の基本計画は何か「蚊帳の外状態」でしたね。
 そして、次は・・・という話になるのですが、まあ、保守の王道を行くのであれば、自民党の皆さんが選んだ現総理の下に「解散総選挙」がスジでしょう。総理を変えて総選挙では、チョット・・・と思いますよね。まあ、何が得策かあまりころころ変わるのは、王道ではないですよね。いずれにせよ、2ヶ月以内(さっきTVでは8月30日の投票が濃厚といっていましたが)の解散総選挙は間違いないですよね。
 今日のタイトルに、たどりつくまで長くなりました。(端的でないことを批判しながら・・・すいません)
 私は、小学校低学年のとき、社会党の浅沼委員長刺殺があり、本当に衝撃でした。学校でも、どういうわけかボンナイフ(主に鉛筆を削るためのもので、1本が5円~10円だったと思います)禁止になりました。これが、政治に興味を持つことになった事件(きっかけ)です。
 毎度のことですいませんが、またまた続くということで・・・

 サイモンとガーファンクルが2人で来日し、コンサートを行うのは、20年ぶりだそうです。たぶん、日本で2人で歌う姿は見納めでしょう。本当に、良かったです。
 私は、サイモンとガーファンクルの曲も歌詞もハーモニーも好きですが、常に新しいことをやろうという姿勢も大好きです。編曲や楽器の使い方にも、特徴がありますよね。
 私は、加山雄三に一番影響を受けましたが、その次の人たち(グループ)となると、サイモンとガーファンクルからも影響を受けましたね。ビートルズやボブディランも聴きましたが、影響はあまり受けませんでした。
 明日に架ける橋・サウンドオブサイレンス・アメリカ・ミセスロビンソン・コンドルは飛んでいく・いとしのセシリア・スカボロフェア・・・バンドも含め最高でした。

 今日は東京ドームまで、家内と一緒にサイモンとガーファンクルのライブに行ってきました。5時開演予定でしたが、観客が多かったためか(案内・誘導に時間がかかるのでしょう)若干遅れて始まりました。
 サイモン・ガーファンクルは、単独では来日しライブを行っていますが、「二人で」というのは記憶にないのですが(私がないだけかも)・・・
 2人が揃って立っているだけで絵になりますし、それだけでハーモニーが聞こえてくる感じです。2人の楽曲は、映画や日本のテレビドラマ・CMなどでも有名なので、さまざまな世代の人がドームに来ていました。
 私たちの席は一塁側、1階の前から30番めほどのところで、2人の姿は親指の爪くらい・・・スクリーンは3台あってパブリックビューイングの世界・・・でも何万人の人と同じ時間・同じ空間を共有できたことは、本当に嬉しかったです。 
 世代によって、好きな楽曲も違うでしょうが、やはり私は高校時代のアツカッタ頃の曲が大好きです。氾濫する川に架かる橋のように・・・ハンマーになるより釘になりたい・・・若い力でなんとか日本を良くしたいと思ったものです。ダスティン・ホフマンにもなりたかったし、あこがれました・・・これは今でも変わりません。
 今日はこれから風呂に入り、「Like a bridge・・・」「I’m rather be・・・」「Hello darkness・・・」などと歌うことにします。続きは、また明日ということで!
 

 市議会議員選挙のとき、実はパンフを2号まで用意しました。(岡村naviのvol.1・2)駅で配ったり、ポスティングしようと思ったのですが、これはグレーゾーンに当たると判断しやめました。・・・発行していたら当選したかも・・・なんて思ったりしますが、いやなことはいやなので仕方ありません。
 私は、行政の人間だったので、この幻のパンフの中で標題の「市の一番の財産は職員」と書かせていただきました。それは、市のこと・行政のことすべて知って次世代に引き継いでいけるのは、市職員だからです。
 もちろん、市の財政状況を考慮すれば、100名単位での削減は避けてとおれません。それでも、指定管理に移行、非常勤職員・臨時職員に移行、再任用の活用・派遣職員の利用などを上手に利用し、培ってきたノウハウを引継ぎ必要があります。
 今流行の指定管理への移行・業務委託ですが・・・だいたい3割~4割の経費削減になります。要するに、市の職員よりかなり安い給料で業務を行ってもらうわけです。ほとんどの自治体で採用されていて、入札制でプレゼンテーションもありますので、良質なサービスが得られることもあります。
 再任用(制度)は、 定年の職員に3年ほど働いてもらう制度で、現役の半分ほどの報酬です。(都内ではきちんと制度化されています)また、職員の産休・育休については、仕事がスムーズに進むよう派遣職員対応となっています。(これも制度化されています)
 人件費は削減しながら、職員のモチベーションを上げ、市民にとって最良のサービスを提供するために・・・基本は「職員」です。いくら指定管理になっても、それを指導するのは市の職員だからです。
 市民主体という方向性を間違えると、かなりたいへんなことになりそうですよね。要するに、市民・行政・財政のバランスを上手にとることを訴えたかったのです。

 いろいろな話に飛んで、前後する部分もあるのですが、とりあえず日本の教育で育ってきた私です。日本は分散学習法をとっていて、学校に行ってもいろいろな授業を受けるのです。世界には、得意なものだけエキスパートであるほうが良いという考えもあり、集中学習法・・・あなたが好きなことをとことんやりなさいという方式をとっている国もあります。集中・分散方式は、一長一短ありどちらがとは言えませんが・・・
 あっ!選挙の話で、選挙公営(公費負担)の部分が途中になっていたと思います。
 選挙カーの運転手は、富士見市では1日10,800円が公費負担です。でも、1名の方の名前で全額(75,600円)振り込むということになっています。毎日、一人の人だけが運転するということはないので、実体とは違ってしまいます。(朝から晩まで運転することはありえない・・・当然交代制ですよね)
まあ、一括振込みで、「実態に合わせて分けてね!」ということであればわかるのですが・・・そんなことは候補者の説明文には、一切記載されていません。
 選挙ポスターも、掲示板に貼られる枚数に単価を掛ける契約書を提出させられます。でも、選管に1枚提出、破損分の補填、選挙事務所にも2枚は貼れることになっているので、実態には合っていないのでは・・・と思います。誰でも、写真を撮って・製版して・印刷してという一括工程の中で出てくる金額だと思いますよね。普通で考えれば、単価計算ではなく、掲示板の枚数プラス5~10%で良いと思います。
 選挙管理委員会の職員の方も、本当にたいへんです。(グレーゾーンはどこまでという難しいこともあります)でも、市民の皆さんが納得し、出馬する人も納得しないとヘンですよね。・・・しつこいのですが、選挙管理委員会や職員の方がどうのこうのでなく、明確化されたものが必要ですようね。

 妻と結婚して、フィリピンのこともかなり勉強しました。・・・結構凝り性なので!
 歴史では、日本とも密接な関わりがあり、とくにマルコス王朝が無血革命で改革されたことは感動です。マゼランが、ジュース(?)を飲むとき浮遊物が多くてストローを使ったことは有名ですよね。政策的に、知人が尋ねてくると、借金をしてもおもてなしをする儀礼を習慣づけたりしました。宗教心も、強いですよね。・・・フィリピン人の80パーセントがカソリック、20パーセントがプロテスタントといわれていますね。
 言語も、スペイン語・英語・タガログ語(アキノ大統領時代に、タガログ語をもとに共通言語としてフィリピーノ語を確立するという政令を出しましたが・・・まだタガログ語というほうが一般的な気がします)とハロハロ(ミックス・・・デザートのハロハロと同じ意味)です。とりあえず、何とか通じちゃうというのが面白いです。歴史的観点から、100kmごとに違う言語(かなり強い方言)が存在といわれています。
 昔は、本当に怖かったけど、今は安全です。空港でも、チップの要求は多かったし、何をするのでもアンダーテーブルは当たり前。警備員は銃を見せびらかし、ストリートチルドレンもたくさんいました。
やはり、マルコス時代は一部の人だけが潤い、貧富の差が激しかったからでしょう。
 もう、昔の悪いイメージはありません。

 今回のフィリピンは、とても暑かったです。(もちろん基本的に暑いのですが・・・)ちょうど、台風が去った後に行ったからか、お天気もよくメチャあつでした。
 いつも必需品として、虫さされの薬を持っていくのですが、今回はまったく使わなかったです。
 フィリピンは、日本のように四季がなく、雨期(タグウラン)と乾期(タグイニット)のみです。今は乾期で暑かったのですが、毎日サンミゲールビールを飲んで、まあ楽しく過ごせました。
 ボトルビールは、日本円で40円ほど330mlでアルコールは5%です。飲まなきゃソンですよね。といっても、1日7~8本程度しか飲まなかったですよ。
 以前(25~26年前)は、朝から飲んで(ミネラルウォーターのほうが高かったような気がしますが)3日目には、ビールの香りだけで気持ちが悪くなったことがあります。
 日本で、サンミゲールを何度か飲んだのですが、フィリピンで飲むよりおいしくはないですね。やはり、その国の気候や風土にあったビールがいちばんです。
今日は長女(美奈)の、24回目の誕生日。生まれたときのことは、今でも思い出します。家内が出産に立ち会ってほしいというので、付き添っていたのですが・・・途中で何かヤバイという状況になり、「ご主人は出て行ってください!」と言われました。なんとも言いようのない時間が経過し、吸引でやっと出産に至ったときは涙があふれ出ました。母子手帳にも、出産時は「仮死状態」と記されています。赤ちゃんのときの写真では、吸引の影響で頭もとんがっているのですが・・・本当に無事に成長してくれるのか、ずいぶん心配しました。仕事が終わると、心配で毎日走って家に帰ったものです。
 今は、元気でがんばっているのがとても嬉しいです。幸せで、豊かな人生を送ってほしい・・・そう願っています。