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 昭和60年7月1日、私たちの長女(一番最初の子)がこの世に誕生した日です。7月1日は、私たち夫婦にとって、一番長い日で忘れることができません。
 長女の出産では、ダンナも立ち会わせてくれる産婦人科でして、家内もわたしがそばにいることを望んだので、立会いました。だれでも初めての出産はつらいようで、家内も「死んじゃう!」といっていました。私はそばで何もできず、「がんばれ!」と言うのが精一杯でした。
 そのうちに何か様子がおかしくなり、「ご主人出て行ってください!」と看護士から言われました。とても慌しい状況で、控え室で待っていたのですが、生きた心地がしなかったです。
 検診のときに、産道が細いので自然分娩にするかどうかと言う話もしていました。最終的には、医師の判断で自然分娩にしましたが、「まずかったかも?」なんて悔やんだりしていました。
 無神論者の私でも、「神様!」と祈らずにはいられませんでした。時間が経ち、「おぎゃー」という泣き声が聞こえたときは、安堵感と幸福感とさまざまな思いが入り混じり宙を舞っているような感じでした。
 結局、なんとか無事出産となりましたが、母子手帳にも「仮死状態」から「吸引」での出産ときされています。「吸引」というのは、掃除機のようなもので吸い出すということで、初めて対面したときは頭のとんがった赤ん坊でした。まあ、頭の方からバキューム状態だったのだから当然のことなのでしょう。でも、母子ともに元気でした。
 一番の心配は、女の子で、このまま頭のとがったままになってしまうのかということ。でも、空気の圧力はすごいもので、いつの間にかアンパンマンに近づきました。
 そんな長女も、25歳。「お誕生日おめでとう!」とともに、親を気にせず、自分の道を歩いてほしいです。
 

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